... <$BlogItemControl$> はてなブックマーク - <$BlogItemTitle$>

...

薬がリスクへ→怖い副作用の一つ

 

 


こけたのは何だか体に力  

力が入らず、

右側も力が入らず手にしたものをすり抜ける感じでしょうか?
左半身は痺れているので感覚があんまり、スタッふの思ってるより皮1枚かぶってる感じで変なんです。
それが左にも広がり
左手は痺れは最初からあったのですが、それは形成でZ形成術する際に、神経圧迫してないか見るんですね。異常無しで、先生も「神経綺麗だったよ」って言われて

痺れが広がり歩けなくなった時は、手も足も全く動かせず、
本当に指一本動かす事が出来ず、母に顔を痒いところをかいてもらったり、色々大変でした。
全くの寝たきりです

 

寝たきりになっ雨ても、手足は

低髄液圧症候群の時は

できていたので

全く症状の変わったものでした。

その次の日に

神経内科受診してして(脊損センターからの紹介でした。)

色々検査したけど

腱反射は異常が見られたものの

後はまぁ、個人病院ですが

出来ることは限られていると思いますが

どこも異常無しという

結果でした

自分からしたらそうかも知れないとは

思っていたし、やっぱりね。

っていう印象でした

それから脊損センターに

両親が慌ててまた自分を連れていき(車椅子でしたが)

メンタルが悪化して

その症状が出ているんではないか?

という事で

その場は収まり

と入り急ぎ環境を変えようと

(当時はストレスがもう半端なくすごかったものですから)

自宅に(一軒家)戻り

一人暮らし再開しました。

 

そこで

親戚がああでもないこうでもないと、

文句や愚痴を言い出して

それに呼応してなのかは不明で

嘔吐下痢症になり、

食べた物を吐いて

ダンダンと食べれなくなり

内服も吐いてしまう有様でした。

内服を吐いてしまうという事は

steroidプレドニンを吐いてしまうことにもなります

しかしやばい!!と思って追加しても

水飲んでも吐いてしまうので

叔母は「病院にかかりすぎだから、自己判断はやめなさい。

私が判断で、病院にかかるかきめます」

とまで自己都合を押し付けられて

我慢に我慢してたら

腸炎になってますよ」

って先生から言われて

年末年始に入る時でしたが、

なんとか年は越したものの、

だんだん失神する事が多くなり

ホワイトアウトではなくて、

ブラックアウトするので、

何時何処で倒れるかは不明な

危険な状態でした一度整形でトリガー後に

ブラックアウトした事も

この辺り(具合の悪い時)だったですね。

 

そして段々水も受け付けなくなり

尿意が無くなり

寝たきりになって

でも、トイレに行こうとか

食事の用意

洗い物しようとか

して立ち上がった時に

ブラックアウトして

失神、意識障害

気が付いたらすごい形で倒れていると言う感じでした

最高朝まで待ったのですが

一晩で8−9回失神して倒れていたこともあります。

流石にやばいだろうと救急車2度ほど呼んで

運ばれているのですが

自宅に返され

頸椎をみて

打撲した腰椎などをみているので(今思えばトンチンカンな検査ばかり)

分からず帰宅後に8−9回失神

救急車で運ばれ

そこでもう、流石に自宅で一人では自信がなくて

母に連絡が行き

入院になりました

 

救急外来でもずつと嘔吐していたのですが

入院しても嘔吐繰り返して

個室に入れられていたからよかったけど、

 

それから意識が無くなった

手放したらしいのです

意識レベルの低下で、

集中治療室に運ばれて

一泊2日いたらしいです。

全く記憶にはありません。

 

思う出しているのは

意識障害から役2−3週間位だったかと思います。

 

鼻に栄養のチューブが入っていて

KCLの濃ゆい点滴が入っていて

気がついた時は手足拘束帯で

拘束されていました。

おそらく無意識に暴れたのか?チーュブを

自己抜去簿王氏のためでしょうか?

・・・・まぁあ、自己抜去に至ったわけですが・・・・

苦笑

 

その時に先生から

生命の危機状態で

プレドニンが入ってなかった為

血糖が全く測れず

血液ガスでは

代謝性アシドーシスという状態で

なぜそうなってるのか?

栄養分の糖分が入ってなかったのと、

嘔吐してプレドニンを嘔吐していたので、

血液バランスが狂い

肝臓には脂肪ががっつりついて、

その肝臓の脂肪を代謝して

生きていたらしいのです。

(それでも生きていられるんだなと思ったけど)

で、1日足の動脈から4回採血と血液ガスが取られて

チューブ自己抜去したので

先生から水分とれるか?食事をたべてもらえるか?

の確認が取られて

水分からの開始でした

水分飲むと

直ぐに下痢してしまうので

水分制限受けたこともあります。

それから段々と初期字形態が上がり

観察室に長い事(1ヶ月位でしょうか?)

居たのですが

尿のカテーテルのみ入った状態で

リハビリも介入して

ベットにやっと座位が取れるところまで来てました

 

観察室→大部屋に移動になりました

でも、経過は厳重管理で

こことは違い

四点柵で、柵にカバーかけておりました

 

そこで、1ヶ月入院して

転院し、

精神科として

なんの治療するわけでもなかったのですが

今思うと

病気=身体表現性障害という、特殊性かなぁ?

 

振り替えるとなんだけど、

そうなってる気がする。。。

 

でもさっき心療内科の受診で

結局悪夢に魘されて薬が増えたけど

薬はやはりどこまでいっても、リスクであり

 

そのリスクが出ているのであろうとの事

 

ベンゾジアゼパム系の薬が

筋弛緩作用があるので

まず減量昨日はベルソムラ抜いたが

抜いていくなら長く残る

フルニトラゼパムサイレースロヒプノール)だろうということになり

(長時間型のベンゾジアゼパムだからという事で)

サイレースを2錠=2mgをまず1mgに減量

ベルソムラ中止かな?と思っていたら

ベルソムラ20mg→15mgへ減量のまま残すみたいで、

それも少し残るんじゃないかと思っていたけど

サイレースを2mg→1mg→0、5mgにしてみて0まで持っていくという事だった。

その代わりに

ブロチゾラムをいれるかと??

先生が言ってた。

まぁ。眠剤が全て悪いわけではなくて

飲んでいる薬の総合的な作用が

悪い方に出ているという事だ。

明日、整形外科に受診だけど

まぁ、結果見るわけでも無いかな??という率直な

今日の感想です。

 

吐血して

シンプルな薬が多くなって

薬が増えてしまい

呼吸器内科でも

心療内科でも。

それは同じで。

 

振り返り

あの苦しい断薬の時期はなんだったのかと思い、

また同じことの繰り返しだなと思った(苦笑)

 

一体なのやってるんだと。

何を学んできたのかと。

歯痒くもあり

悔しくもあり

悲しくもあり

 

なんとも言えない気持ちでいっぱいです。

 

 

まぁ、入院はなんか長くなりそうで

コロナの影響はこちらにもどばっちりとしてきていて、

家族ですら面会禁止の措置になるみたいで(4月1日から〜)

今日親が面会に来ようとしていたけど、

整形外科と心療内科が終わっておらず

母の体調も改善が見られないため

一応順延した。

 

この病棟は3階だけど、

外来のフロアで会うのは

もっと危ないか・・・と思ったり

ステロイドが高容量が入ってるから

免疫抑制の効果もでるので、

感染には弱い特性がある。

 

 

呼吸器内科は結構な高容量のステロイド使うからなぁ。。。

 

どうなっていくんだろね。

長い入院も

親と会えないとなると、

親も

子供の立場の自分も不安な気持ちになる。

みんな患者はそうだろうな。

 

きっとストレスがたまる。

家族しか言えない話があるけどそれが出来ないから

 

 

憎っくきコロナの奴!!!

みたいに怒りたいです